空なし

みうらじゅん さんの動画を見ていて気付いたのですが、駐車場「空きあり」という看板があります。空きが有る、無いものが有ると、何ともシュールな表現ではないでしょうか。無いのに有る、有るのに無い、これをあらゆる「教育」に置き換えて考えてみますと、教えを施された者は当然「有る」者へと成長せなばなりません。

親は、この世で生きて行く為の方法論を教え込みますから、子供は、その生き抜く術を身に付ける事でしょう。さらにその上の道徳やら宗教などの教訓も教えられかもしれません。しかし、その教えを請うた者たちの幾人が、この仕掛けられたサタンの世を理解しているのでしょうか。

私事で申し訳ありませんが、私は特に、父親からは何ひとつと教えてもらった記憶はありません。なので10代20代は無知ゆえに、恥ずかしい思いを沢山してきましたし、その都度学んで前に進む以外にありませんでした。なので周りの人を羨ましく思いましたし、他のクリスチャン達を嫉妬の目でみる事もしばしばありました。

しかし、陰謀論を解毒せねばならないと本気で考えだした頃から、これは誰よりも先が見えるかもしれないと変な自身のようなものが芽生えてきました。確かに技術的な事柄では劣りますが、物事の背後を、つまりサタンの思惑がわかるように思えたのです。

これを自分なりに分析しますと、私の戯言なのかもしれませんが、何ひとつと教えてもらった記憶がないと、つまり「何も教わらない事こそが最高の教え」だったのだと悟ったのです。多くの人達は教えてもらう事への呪縛とか、固定観念を払拭しきれないとかで、逆にもがいているのかもしれないと知った時に、何もしないという最高の教えを説いてくれた父に、悔しいが感謝せざるを得ませんでした。

しかし、何も私が優れているのではなく、固定観念からの解放をしてくれた両親のお陰だと強く思っています。なので今が「空」だと思っていても、それは「有る」事柄への近道だと信じて欲しいと思います。


最後の講義『みうらじゅん』「もし、今日が最後なら何を伝えたいか!」
https://www.youtube.com/watch?v=oKD-s5PXdYA

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