陰謀論者と、不可逆性と。

不可逆性とは、再びもとの状態にもどれないこと。


23 ひととおり見回してから,イエスは弟子たちにこう言われた。「お金を持つ人々が神の王国に入るのは何と難しいことなのでしょう」。24 しかし,弟子たちはその言葉に驚いてしまった。イエスはそれにこたえて再び彼らに言われた,「子供たちよ,神の王国に入るのは何と難しいことなのでしょう。25 富んだ人が神の王国に入るよりは,らくだが針の穴を通るほうが易しいのです」。26 彼らはいよいよ驚き入ってこう言った。「実際のところ,だれが救いを得られるのでしょうか」。27 イエスは彼らをまともに見て言われた,「人には不可能でも,神にとってはそうではありません。神にとってはすべてのことが可能なのです」。28 ペテロが彼に言い始めた,「ご覧ください,わたしたちはすべてのものを後にして,あなたに従ってきました」。29 イエスは言われた,「あなた方に真実に言いますが,わたしのため,また良いたよりのために,家,兄弟,姉妹,母,父,子供,あるいは畑を後にして,30 今この時期に百倍を,すなわち家と兄弟と姉妹と母と子供と畑を迫害と共に得,来たらんとする事物の体制で永遠の命を得ない者はいません。31 しかしながら,多くの最初の者が最後に,最後の者が最初になるでしょう」。

マルコ10:23~31



上記マルコの聖句ですが、厳密にいえれば、未だに詳細な理解を得るに至るのは難しいものだといえるでしょう。しかし、現在の世の中を見渡せば、金持ちどころかプロレタリアを含む全ての階層を考えても、針の穴を潜れるほどのそんな手品師は皆無だといえるでしょう。

サタンはアダムとイブをそそのかして神に反逆させる事に成功しました。それで神は6千年の内に、全ての人間を試みさせる猶予期間を設けられました。それで現在の状況を考えてみても、犬や猫とは違い人間には自由意志が備わっているにもかかわらず、その真実へ至る道とは、マタイやマルコにあるような、ラクダが針の穴を通る位の難易度である、といっても過言ではない状況となっているでしょう。

針の穴を通れないであろう人々の幾つかの思考パターンを考えてみると、陰謀論者とはまずもって通り抜ける事は不可能だといえるでしょう。つまりアシュケナジーだとか、ユダヤ金融資本を最大の敵と捉え、暴露や弾圧を加える論者の事です。その間抜けな代表格とはR・コシミズ辺りが良い例だといえましょうが、たまには違う人物で、さゆふらっとまうんど(以下さゆ氏)で考えてみましょう。

さゆ氏とは、最近では日大アメフト問題や、我孫子女児殺害事件に深く切り込んでいます。それで、それらひとつの事件に対して、軽く10本以上の動画で解説するほどの執拗な執念深さを発揮させています。その流暢な話し方や、鋭い考察は認めはしますが、私からすればこんな事を幾ら繰り返しても、世の中は全くもって少しも浄化されなし、逆にサタニストのオペレーションに取り込まれる恐れすらあるのです。

確かに、さゆ氏のいうレベルで我孫子女児殺害事件には大きな疑問点が残るし、さゆ氏の動画を見ていると渋谷被告が大凡無罪であろうと思えてくるではありませんか。しかし、さゆ氏の活動によって渋谷被告が奇跡的に無罪放免となろうとも、それは渋谷氏自身の益にはなりますが、さゆ氏自身が常日頃から主張する、社会的公益にはなにひとつ寄与しないのです。

なにも私はニヒリズムで申しているのではありません。私とて、身内等の近しい人物がそのように巻き込まれれば、同じように行動するでしょうが、まあ、確率的にも確信的にもそうはならないでしょう。今その証左を書くと長くなるので書きませんが、私は、その人自身による因果応報としての生贄か、聖書が述べる予期せぬ出来事か、もうひとつは被告を恰も走れメロス的に救うよう信仰が試される場面に限られると、その三択に思えてなりません。しかし、それを実証するのは難しい事から、やはり今はこれ位にしておきましょう。

では、さゆ氏や多くの陰謀論者がどう足掻いても、なぜなんの解決にもならないのかを説明しましょう。我孫子女児殺害事件で考えるのであれば、渋谷被告について有罪か無罪かの二通りでしかない事からすれば、さゆ氏にとっても大まかにして二つの結末しかないのです。

ひとつは、さゆ氏の主張も虚しく渋谷被告の有罪で幕が引かれるケースです。そして、もし本当に渋谷被告が冤罪だと仮定すれば、この恐怖裁判はそのまま恐怖政治の縮図とみなされ、やはり政・官・財やら軍事力を従えるサタニスト勢力には到底適わないとの、強烈な屈服感という焼印を押される事でしょう。

もうひとつに、奇跡的にさゆ氏の主張が認められ、渋谷被告が無罪放免とさせるケースです。それなりの世論を巻き込みながら、やはり裁判所という広義の意味での政治の場が、さゆ氏が主張するような特務機関に乗っ取られていたのであり、その政治の特に自民党のバックにはユダヤ金融資本が控えているとなるに違いないのです。それでさゆ氏や周辺の陰謀論者などが騒ぎ立て、アシュケナジー・ユダヤを告発すれば、まんまと対立構造が出来上がるではありませんか。

さゆ氏は歴史を学んでないし、不可逆性を全く意識していないのでしょう。

この二つの結末には、いずれも大衆というマスに差配させるでしょう。極端な例でいえば、さゆ氏自身が下記動画の32:44~33:25で認めているように、フランス革命以降の民主主義という主権が民衆に委ねられて以来、人間の統治システムは元には戻れないという、すでに不可逆に突入しているのです。


35 澁谷恭正被告、13の回答【我孫子女児遺棄・被告の手紙18.07.16より】
https://www.youtube.com/watch?v=JQaZj08UHLk

サタンとて人間の統治システムに関する急激な変革について、消化不良をおこす危険性を十分に理解しているので、やむなく漸進的手法を取らざるを得なかったのでしょう。エジプトから始まる王朝制を、ロマノフ朝にみられる20世紀まで続けてきたのです。しかし、王朝やら貴族やら皇帝やらを民衆革命で解体し、残るは弱小国のブータン等を別にすれば、人間宣言で骨抜きにされた天皇制だけが、民主主義陣営に対抗する最後の砦として、恰も晒されているではありませんか。だからこそ、特に大和族系の天皇とは中国共産党と連携すると思うし、名残としてのロシアとも連携しやすいと思うのです。

確かに統治システムに対する主権が、王朝やら貴族やら皇帝という、カトリック等の大いなるバビロンが有しているというのは遺憾です。しかし、なぜサタンはフランス革命以降、その十分に悪魔的に染め上げた主権を、まるで規制緩和のごとく大衆に移動させたのでしょうか。いや、その答えは至極簡単で、そのほうが更に悪魔の統治システムとしての完成度に近づけるからなのです。

かつて西部 邁さんは、無神論こそが最悪な宗教であると述べました。田原 総一朗氏は、ならなんで西部さんは無宗教なの?との問いに対して、だからとて、そうそう、これだっという宗教は見つからないのですよと、大体こんなニュアンスで返答していました。

主権が民衆に移動して今日まで、かなり無神論者は増殖しました。その無神論者の多くは、カトリックだろうが何であろうが宗教全般を毛嫌いしている事でしょう。確かに毛嫌いされるほどの理由は大いにあるのですが、主権を民衆が握る事のほうが遥かに恐怖であるのです。つまり大衆の大半はプロレタリア階級であり、ルサンチマンも多く、社会に対して憎悪を抱いており、常に間違える群衆なのです。それを第一権力であるマスコミの誘導によって操られ、常に多数決の社会なので二度とあらゆる規制前の、ようは古い時代には多少なり存在していた伝統には戻れないという、つまり不可逆性なのです。

ちょっとまとまりが悪くなってきたので、簡単に述べましょう。つまり誰が針の穴を潜れるでしょうか?それはフランス革命以前のカトリックでもないし、以降の無神論者では更にないのです。陰謀論者にしても陰謀論革命なのですから、それは二大ユダヤとの軋轢を加速させるための仕掛け装置でしかありませんので、到底針を通る事は出来ません。

ではさゆ氏の言動に戻りましょう。親が、校長が、教頭が、PTA会長が、はたまたアメフト部の監督までもが、誰もが信用出来ない社会であるとの印象を抱かせ、子供達を社会から隔離させる分断工作だと述べるのです。または新幹線車内での焼身自殺事件とは、監視を強固にさせるためのものだとも述べています。では、そのような特務機関の胴元にはアシュケナジーユダヤがいるとなると、さゆ氏以下陰謀論者達が吠えれば吠えるほど、陰謀論革命として二大ユダヤの軋轢が深まるだけではありませんか。

カレイドスコープのダンディ・ハリマオ氏にしても、ご丁寧で専門的ないっけん優秀に思えるような記事を沢山書いてはいますが、二大ユダヤの軋轢と聖書の対比を行わなければ、ただただ恐怖を煽っているだけでしかないのです。例えばハリマオ氏はビット・コインについても幾つも記事にしていますが、それですら不可逆でしかないのです。つまり将来にドル崩壊等の世界的金融危機が生じれば、食料とベーシックインカムと引き換えに大衆は、世界統一政府の支配やら仮想通貨ですら支持するという、つまりフランス革命以降の多数決により不可逆的な選択が、いとも簡単に可決されるでしょう。

仮想通貨とは、他の金融商品や現金に兌換できてしまうから盗みも発生するのであって、これが世界共通通貨となればブロックチェーンという暗号技術で改ざんを防ぐとか、通貨の履歴が全て記録されるのですから盗みは出来なくなるという、管理社会にはうってつけのシステムとなるでしょう。また送金の自由性やらで、つまりこれが世界統一通貨となれば、もう銀行は不要となるようです。


さて最後に、二大ユダヤの争いとは広い意味ではあっているのですが、ここで修正をしたいと思います。アシュケナジーによる似非ユダヤと、スファラディーによる似非キリスト教の戦いだと、こうしたいと思います。確か飛鳥昭雄がいうには、神武天皇は木嶋坐天照御魂神社の元糺の池でバプテスマを施され、キリスト教に改宗したとあります。それでアシュケナジーが旧約聖書とタルムードしか信じないとなれば、それに立ち向かうのは新約聖書に改宗したスファラディーであろうし、よって最後の天皇も大和族系となるはずなんです。

更に最後に下記動画をご覧ください。さゆなんたらが、ダンディ・ハリマオが、あらゆる陰謀論者とは単なる陰謀論革命を加速させているに過ぎません。二大ユダヤの、いやユダヤと神武のキリスト教を、現代の北と南の王の最終決戦に対比させる事が出来なければ、全ての陰謀論とは余りにも無価値ではありませんか。


さゆふらっとまうんど 妄想話を自画自賛。
https://www.youtube.com/watch?v=CGhSTnZXkKY


さゆふらっとまうんどの嘘 なぜ住所は非公開?w
https://www.youtube.com/watch?v=6AxRjQb7gkA

この記事へのコメント

お茶処
2018年07月26日 01:39

バイキングさん新スレお疲れ様デス。

そう言えば昨日は「和歌山砒素カレー事件」20周年だったみたいデス。

それはさておき本題の「針の穴」。

難しく考えずとも答えは出てマスよ?

数多の情報に晒されている方々は基本的に「真実の神」を認識出来る「感性」を喪失してマス。毎日の生活に汲汲としていればなんだか判然としナイ「神の存在」を真摯に追究しようとはしナイでしょうし。

故に多忙な日々を送ろうとも真摯に真実の神の存在を認め信じ続ける事が出来る方々こそが「約束された」方々なのだと(「針の穴」をくぐれる方々だと)ワタクシは思いマス。

ワタクシ自身もかつて好き勝手に生きた時期も有りマシタが基本的に他者を慮るスタンスは昔から変わりマセン。

まーそういう人間でなければバイキングさんの主張に賛同はしてなかったでしょう。

しかし聖書世界(という表現も抵抗が有りマスが)を真に理解しようとすると物理・生物科学・世界史などの膨大な知識を要求されマス。故に「針の穴」なのでしょうかね。


お茶処
2018年07月26日 01:40

ネタ板更新オナシャス!


お茶処
2018年07月26日 02:02

津久井やまゆり園事件から2年…

NHKで特集番組やってマシタが。

そもそも「障害」とは「偶発的」で「止むを得ない」モノなのか?

生んだ親ないし先祖の行動がもたらした「因果応報」なのでは??

ならば障害者の方々は先祖の行為の「犠牲者」と言えマス。だから障害者は「社会が支える」対象というより「生んだ親の背負うべき十字架」とワタクシは考えマス。

神に逆らったから障害者を授かったワケデスから彼らのフォローを社会に擦り付けるのは筋違いでは?

「自業自得」と言わざるを得マセン。

こういう部分も民主主義の「負の側面」なワケで。


インターネットバイキング
2018年07月26日 20:13
お茶処さん

原罪を考えるのなら、全ての人間はアダムとイブの因果応報となります。また、その中でもとりわけハムの子孫を考えると、人種という枠組みがひき受けざるを得なかった特別な報いもあります。

なのでお茶処さんの話も可能性としてはゼロではないかも知れませんが、実際に障害者の家族としては大変な苦労があると思います。弱者を救済するのが社会や国家の役割であり、責務ですらあるのです。

キリストだって、らい病や足なえの人を癒したではありませんか。となれば罪に対する報いを追求するよりも、全ての人にキリストの贖いに与るチャンスがあるのだと、前向きに行こうではありませんか。
インターネットバイキング
2018年07月26日 20:22
健康男児さん

飯山さんがお亡くなりになったと、情報ありがとうございます。それで飯山さんのブログの最後の記事(19日)を読むと...

「人間は突然体調を崩す」

と、あるではありませんか!

となると本当に? 微妙ですね。
ハートランド
2018年07月26日 22:40
高校野球、甲子園、夏第100回
56校出場→11
オウム6人死刑執行、7月26日→7、8
又もや‼

動画見ましたがさゆなんたらは兎に角
認められたい様ですね。フラストレーションで一杯って感じ。

サウジアラビアの女性解放運動は
イスラム原理主義を大いに刺激して
対立構造をより深めましたね。

もう元には戻れない…。

この記事へのトラックバック